双撃日記

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フォーブス 読者で得る自分軸は本当に役に立つのか

元森ビルCFOJT副会長が考えた。読書で得る「自分軸」は出世の薬か、毒か
Forbes JAPAN 編集部
2021/05/09 08:30
© Forbes JAPAN 提供
堀内勉氏。日本興業銀行時代にバブル崩壊、そしてその後ゴールドマン・サックス証券を経て森ビル最高財務責任者CFO)を務めた際、今度はリーマンショックに直撃されるという修羅場も経験し切り抜けた、金融と不動産の世界では知る人ぞ知る存在だ。

現在は多くの組織のアドバイザーなどを務めるほか、ビジネスパーソン、学者、研究者たちが交流し合いながら、哲学・思想、人間科学、自然科学などの幅広い見地から資本主義の本質を省察する「資本主義研究会」を主催、さらには書評サイト「HONZ」でレビュアーとしても活動する読書人であり碩学の徒である。

たび重なる金融危機に巻き込まれ、「ある意味で自分の存在をかけて、必死に読書をした」。また「正解のない問い」と対峙させられたときに差した一筋の光明はほかならぬ読書だった、という堀内氏。このたび上梓した『読書大全 世界のビジネスリーダーが読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊』(日経BP刊)は約500ページの大著ながら刊行後たちまち重版、ビジネスパーソンにも注目されるヒット書籍となっている。本書執筆のきっかけについて堀内氏は、「読書の大切さを今のビジネスリーダーたちにも、是非、理解してもらいたいと思い、人類の歴史に残る名著についての本を出版することにした」と書く。

その堀内氏と、JT副会長岩井睦雄氏の対談が叶った。岩井氏はほかでもない、「日本専売公社」だったJT多角化・国際化企業に生まれ変わらせた推進役の一人であり、「日本アスペン研究所」理事も務める人物だ。同研究所は「古典と対話」を通じ、産業界における新たなリーダーシップの醸成を目指す知的実験場として知られる。孤独な読書によってでなく「対話」によって学びを得ようとすると同時に、その学びを産業界における実際課題の解決に応用しようとする試みで注目されるコミュニティである。

 
 
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実学とは一線を画す「リベラルアーツ」を学び、自らの軸とすることが実業の世界で人を生かす可能性ははたしてあるのか。あるいはその「軸」は、逆に障害になることもあり得るのか。

「べき論」が言える組織、そうでない組織

岩井睦雄氏(以下「岩井」):元々読書は好きでしたが、社会人になってからは実用的な本を読むことが多くなってしまいました。役員になった時に日本アスペン研究所(以下「アスペン」)のエグゼクティブセミナーに行ってみて、自分自身の根本的な「軸」になるものを定めることが大切だと気づき、それから古典をよく読むようになりました。

堀内勉氏(以下「堀内」):本を読んで自分なりの基軸を持つということが組織人として幸せなのかどうか、私にはよくわからないんですよ。少なくとも我々の時代は、「清濁併せ持つ人間じゃないと仕事はできない」などと言われて、まともな人はだんだんコースから外されていったじゃないですか。

真っ当に生きて、真っ当な価値観を持つために本を読む。こうした当たり前すぎることをちゃんとやっていくと、これまでの日本の大組織ではかえって生きづらくなっていったと思うのです。ですから岩井さんみたいな人がどうやって組織でサバイブしてきたのかとても興味があるのです。

© Forbes JAPAN 提供岩井:私がまさに食品事業の責任者だった時期、2008年にいわゆる「中国ギョウザ事件(中国産の冷凍餃子から有機リン系農薬のメタミドホスが検出され、輸入元の『ジェイティフーズ』が自主回収を行った食中毒事件)」が起きました。この時に、一体何をもって「正しい」とするかを深く考えさせられたんですよね。

まさに読書は危機に際して「自分で考える」ための引き出しを増やすためにも有効なんです。著書でも触れられていますが、この点はどう考えておられますか?

堀内:繰り返しになりますが、組織に属するビジネスパーソンが真っ当に勉強して本を読み、真っ当な人間になることにどんな意味があるんだろうとずっと考えています。

基軸を持ち、きちんとした議論をする人間は、組織では面倒くさい奴だと思われてしまいます。もちろん、頭が良ければそれで良いということではありませんが、大学で優秀な成績を修めて、人格的にもキチンとしている人でも、そういった「面倒くさい」人は、組織でほとんど偉くならないように思います。

岩井:大方はそうでしょうね。幸いなことにJT は「べき論」を言える雰囲気なのですが、ある意味「若い」会社だからかもしれません。

JTを歴史的にみると、日露戦争を契機に国営組織として創設され、第二次世界大戦後も公的機関として運営されてきました。1985年に民営化され、それ以降「会社はこうあるべきじゃないか」という、べき論がよく交わされていたのですが、そういう議論をもちかけても、うるさい奴と見なされることはあまりなかったと思います。上の人達に度量があり、私も若い頃は「これからの時代はこうだ!」というべき論を上司にぶつけていました。

堀内:私は銀行にいたときにすごく感じていたのですが、組織にいると自分の言動がどうしても周りの人に引きずられてしまうんですよ。色々な人の立場や考えがあって、「こんな言い方をしたらこの人は絶対に怒ってしまうからやめておこう」とか何となく組織のロジックがわかってしまうんです。

それで組織に10年もいると、そういう「組織のゲームのルール」が完全に見えてしまう。どういう振る舞いをしたら偉くなれるのか、なれないのかという。そうなると、歌い方の固まった演歌歌手みたいなもので、コブシを回さないと歌えなくなる。オペラを歌ってみてもコブシが回ってしまうというような感じでしょうか。

© Forbes JAPAN 提供「会社という思考的な枠組」をどうズラすか?

堀内:大組織の中にいた人が外に出てみると、社会的な信用と財務的な信用が桁違いに大きかったことに気づきます。個人だとそれらが全くないので、会社を辞めると非常に苦労する。組織に所属していることの信用をうまく利用しながらなおかつ高い理想を失わない人がいたら、もしかしたら社会を変える力になるのかもしれないと思います。

岩井:何が世のためになるのか、何がこれからの時代に必要になるのか、そういうことを考える時に、ベースとなる、いわば「人類の叡智」を本から汲み取って行動してほしいですね。

堀内:「周りに要領よく合わせていたら、いつの間にか偉くなってしまいました」というような人は、本を読む必要はないのだと思います。でも組織の力のメリット・デメリットをわきまえ、それにレバレッジをかけて世の中を良い方向に変えていこうというような志の高い人には本を読んでもらい、世の中を変えていく原動力にしてほしいですね。

今回、本書を執筆するさいに念頭に置いていたのが若い起業家の方々で、たとえば私が財務顧問をやっている国内最大級のIT教育プログラムを運営するライフイズテックの創業者の水野雄介さんのような人です。大きな理想はあるものの、若さゆえにまだまだ学びが足りない。そんな起業家にとって自分の基軸を持つことはすごく重要で、そのために読書はとても大切なのだと思います。

岩井:私も同感です。ただ、自分で起業するというのも一つの道ですが、大組織という、矛盾もたくさんある世界の中で「この会社を良くしたい」「世の中を良くしたい」「新しいものを生み出したい」と考える人たちもいます。

たとえば、企業の中に埋もれずに変化球を投げようとする、大企業の若手有志によるコミュニティ「One Japan」があります。まさにそういう志を持った若い人たちにも読書は必要で、思い込みや自らの限られた経験だけではなく、「本当に正しいことが何か」を常に考えるよすがにしてほしい。

堀内:私は、本物の教養とは、自分を捉えている枠組を自分でずらすことができる力だと思います。よく引用するのがマックス・ウェーバーの『支配の社会学』という本に出てくる「鉄の檻」という言葉です。元々、官僚制の硬直性を指す言葉ですが、自分を拘束している思考の枠組という意味でもあります。こうした「鉄の檻」、すなわち自らの思考の限界を知り、枠組をずらしたり、枠組の向こう側にあるものをイメージする能力を身につけることが教養なのだと思います。

特に、私たちを捉えている大きな枠組みとして資本主義というものがあります。私の著者『読書大全』の推薦文を書いてくれた山口周さんは「資本主義をハックしよう」と言っていますが、彼も、現代の資本主義を真っ向から否定しているわけではありません。資本主義の「限界」を理解した上で、この仕組みを利用し、変えていきましょうということを言っているのです。

© Forbes JAPAN 提供『読書大全』(堀内勉著、日経BP刊)

大概のビジネスパーソンは会社という枠組から出られません。ましてや、組織の外にあり、それをも包含している資本主義という大きな枠組の限界を超えて考えることは、かなりハードルが高い作業になります。

アカデミアとビジネスが歩み寄る学び場を

堀内:本の歴史を紐解いてみると、2500位年前から人間の考えることって全然変わっていないことが分かります。対人関係、組織、家族、お金の問題など、人類が悩んでいるのはいつの時代でも同じこと。たとえば、マルクス・アウレーリウスの『自省録』を読んでいると、この日記は現代人が書いているのではないかと思うほどです。

何千年という時間を超えてサバイブしている本を読むと、人間にとっての悩みや苦しみに対する対処法にも一定のパターンがあることがわかります。それらを単純になぞるべきというわけではありませんが、人類が蓄積してきたものを学び、先人の生き方を参考に、「自分ならどうするか」を考え抜いて、発想や行動を生み出すことが大切なのだと思います。

岩井:読書は「3つの対話」と言われています。まずは著者との対話です。その本が書かれた時代に入り込み、自分と著者とで対話をします。次に他者との対話。アスペンでは、古典のテキストを使って皆で対話します。最後に大切なのが、自己と対話することです。本を読んだ後に「自分がそこから一体何を得て、明日から何をするんだろうか」という対話をし、リーダーシップの発揮を目指しています。

堀内:私もアスペンに参加しましたが、実に多くの本を読みますよね。

岩井:最近はちょっと減らしましたが、エグゼクティブコースでは、抜粋ですが5日間で40冊近く読みます。

アスペンは世界中に10拠点ぐらいありますが、日本のアスペンにはとくに独自性があります。アカデミアの先生方を招き米国アスペンの西洋中心のテキストをベースに、東洋、日本も含めた独自のテキストを編纂しました。章建ては、日本と世界をつなげるような書物から入り、自然・生命、認識、美と信、ヒューマニティ、そして最後はデモクラシーで構成しています。資本主義はひとつもないのですが、最近は資本主義周りを深掘りするセミナーも生まれてきています。

© Forbes JAPAN 提供堀内:モデレートは大学の先生だけではなく、岩井さんのようなノンアカデミアの方もされているのでしょうか?

岩井:ヤングセミナー(企業の部課長クラス)では、私のようなノンアカデミアもモデレートしています。たとえばですが『平家物語』「敦盛最期」で描かれる熊谷直実に重ねて、ビジネスにおける合理化、人員削減施策のように矛盾の中で決断しなければならないといった自分の体験に即した話もしたりします。ビジネスの世界、産業、実業のエリアにいる立場から、テキストから何を汲み取ったかということを念頭においてモデレートしています。

堀内:私には、大学の先生がビジネスパーソンに教えるという枠組みがどうもしっくりこないのです。たとえば、東大の先生たちは本当に感動するぐらいよくモノを知っています。しかし、大学の先生がビジネスパーソンに「教えてあげる」という上下関係の構図ができると、その先に全然進めないような気がするんですよ。もう最初から「枠組み」に絡み取られてしまっていて、全然、「鉄の檻」の外に出ていないなと。もっとお互いが水平的に学び合うような場でないと。

岩井:最近は、アスペンのヤングセミナーがわりといい感じなんですよ。アカデミアの先生はテキストを理解するための大切なリソースを与えてくれます。受講者たちにはそこから叡智を汲み取ってもらい、ビジネスの世界で生かして、活躍してもらうという図式です。アカデミアの先生からも、「へえ、ビジネスでは古典のテキストをこういう風に活用するんだ。勉強になります」と言っていただいています。

堀内:私も時間ができたらもう一度アスペンに行ってみようかと思っていますが、相互の学びの場というのは、お互いの領域に、お互いが入っていくことではないでしょうか。現状を見ていると、ビジネスパーソンの方からは比較的、アカデミアに歩み寄ろうとしていると思います。一方で、大学の先生からビジネスパーソンに歩み寄る上ではまだ課題があるように思います。両者の間をきちんとつなぐことは、実はそれほど簡単ではないと感じています。

岩井:まさにアスペンで悩んでいることにすごく近いと思います。

堀内:岩井さんのようなビジネス側からのプロデューサーが出てきてエグゼクティブ教育を構築することができれば、とても面白いと思いますし、重要なことですよね。

「社会課題×ビジネス」の領域にこそ──

堀内:私はもう、これから先、それほど大きな野望はないんです。でも、今までの人生を振り返ってみると、仕事に時間を使いすぎてしまったと反省しています。日本のサラリーマンだったら、仕事対勉強の割合は、よくて95対5、普通だと100対0くらいの感じではないでしょうか。日本のビジネスパーソンには圧倒的に勉強が足りていないと感じています。

岩井さんは、日本の組織の中には「組織に対する忠誠心の貯金」みたいなものがあると思いませんか?

岩井:はい、深夜残業や飲み会、休日の上司とゴルフ、などで貯めるやつですね。

堀内:ええ。「貯金」の増やし方にはいろいろありますが、業績を上げるという正攻法以外に、身も心も全てを会社に捧げるといった方法も極めて有効で、それを「社内預金」として長年かけて積み立てていって、偉くなっていく。そして何十年もそういう、「現代の奴隷制」的な時間の使い方をしていると、普通ではありえないような超人的な体力を持った人しか読書、勉強の時間を捻出できません。

岩井:たしかにそうかもしれませんね。私は昨年、執行から外れましたので、少し時間の余裕が出てきました。当面はお互いに学び合えるような人材育成の場を作り、若い人を元気付けたいと思っています。

従来のビジネスやベンチャーだけではなく、「社会課題×ビジネス」の領域にも関心が出てきてたところです。堀内さんは、教授も務められている多摩大学の社会的投資研究所で、「インパクト・サロン(インパクト投資を含むソーシャルファイナンスに関するセミナー)」といった、新しい取り組みもしておられますよね。

堀内:人は何のために学ぶかと言えば、究極的には「人を幸せにする」「自分が幸せになる」「世の中を良くする」というためなのだと思います。そうした目的がないのにただ勉強することには意味がないと思っているんです。だからこそ、自分が学んだことをもっとビジネスに還元していきたいと思っています。ビジネスか勉強かという、「どちらかだけ」をやるというのでは意味がないんです。学びと仕事をフィフティ・フィフティくらいにして、交互に行き来し、双方に高め合うことを70歳くらいまでしていきたいですね。